Cover Photos Archive
This page archives former cover photos that are not particularly related to Kyoto City Trams.


郡元(南側)停留場手前の渡り線に差し掛かる1系統ユートラム1013号。(2017.10) 1912年の開通時には,武之橋~谷山間は全線専用軌道であったが,1963年までに郡元以北が併用化,さらに郡元~涙橋間も1992年にセンターポール(併用)化された。Mouse-onは専用軌道時代の同じ地点を通過する1系統608号で,奥には郡元交差点の横断歩道橋が見える。(1984.12)


JFKのAirTrain は,時計回りの空港内ループ,反時計回りの地下鉄A線Howard Beach駅及びLIRR Jamaica駅等へのラケット型運行の3系統で運転されていて,分岐駅のFederal Circleまでは無料区間になる。空港内輸送はAGTが一般的だが,ここは標準軌,第3軌条のリニアモーター駆動になっていて,地下鉄線との直通も(例えば牽引により)不可能ではない。2003年暮れの開通以前は,Howard Beach駅からparking lotsを巡るシャトルバスで空港へ向かったものだが,曲りなりにも軌道アクセスが可能になった。Bombardier製104号+116号が,第8ターミナル方から第7ターミナル駅に近づく。(2018.2)


札幌市の電車事業所(←南車庫)は,片運車主体の欧米では一般的だが,日本では唯一の車庫全体がループ線上に位置する配線になっている。中央図書館前(←西屯田通←教育大学前)方から入出庫するため,入庫の度に方転が生じる。写真左のM101は唯一の旧標準塗装車で,鉄北線分断までは連結車として運用されたが,相棒だったTc1(Mouse-on)は交通資料館送りとなった。札幌市ではA800形~A830形の連接車群も「連結車」と表示されたが,本形式はA850形と並んで,数少ない本当の連結車だった。(2008.6)


台風22号の風雨の中,天王寺駅前駅に到着するグッドデザイン賞ヘッドマークを付けた堺トラム1003号。アルナ車両製の3車体2台車連接車は,阪堺電軌において広告塗装が免除されている希少な存在。道路拡幅に伴って2016年12月に軌道は西側に移設されたが,道路改良工事はまだ続いている。2面1線の駅構造は従前と同じだが,「ろ・住吉公園」や「は・平野」の行先の電車が頻発した時代は遠くなった。(2017.10)


Twin Peaks Tunnelの西坑口(West Portal)駅を出て路面区間に入る,Breda製2車体3台車連接車1493号他2連。(2009.11)当駅は分岐交差点であり,写真のL系統動物園行は右折するがK-M系統は直進する。Twin Peaks Tunnelは,路面電車時代の1918年に開通した古いトンネルだが,その存在がLRT化への鍵になったことは間違いない。Mouse-onはLRT化準備工事中の同地点を通過するPCC時代のL系統1131号。(1979.5)


出町柳駅3番線に到着するきらら903+904号と,1番線に停車中のデオ700系(711号?)。駅正面の印象は変わり,発着する電車からも市電を彷彿させる「京福京都色」は消えたが,裏から見ると入母屋破風の駅建屋は昔と変わらない。かつては本線(八瀬行)の方が高頻度で,デナ500型2連で運行される姿がよく見られた。現在は単行のため1番線の有効長短縮,接続する叡山ケーブルの冬期運休等,凋落傾向であるのに対し,鞍馬線の方は紅葉シーズンに改札制限が掛かるほど混雑する。(2017.1)


日本でHalloweenが騒がれるようになったのは,ここ20年位だろう。本来はカトリックの「諸聖人の日」(万聖節=11月1日)の前夜祭(eve)なので,某テーマパークの如く延々と金儲けのネタに使うことには違和感がある。HalloweenにはJack O'Lanternが付き物なので,旧月潟駅に静態保存される「カボチャ電車」こと,日車標準車体のモハ11号と1933年製のモワ51号(手前)の写真を示す。新潟交通電車線は1992年から部分廃止が進められたが,93年8月の月潟~燕間廃止から99年4月の全廃までは当駅が終点だった。(2009.9)


SEPTA 23系統の北端,Chestnut Hill Loopで待機する2748号(奥)と2575号。前者は1947年製のAll-electric(電制車),後者は40年製のAir-car(空制車)で,写真の翌年に廃車の運命だった。1992年秋以降,15-56系統と共に「暫定的に」バス代行とされたが,23-56系統は暫定代行が四半世紀も続いている。23系統は単線換算で41.0kmあり,当時全米で最も長い電車系統として知られた。路線長は概算20.5kmとなるから,(直通運転は殆ど無いが)とさでんの後免町-伊野間22.1kmと比べれば長さが解る。2016年から系統分割され,Center City以南は45系統を名乗るが,乗継制度が設けられている。(1981.9)


田原町2番線に停車中のF1003号鷲塚針原発越前武生行急行の隣に,折返し福井駅経由越前武生行普通となるF1004号が入線して来た。1番線は行止りではあるが,引上げ線を兼ねていて,夜間滞泊の設定もある。三国芦原線との直通運転は,当初西長田(坂井市)までの区間で計画されていたが,福井市域の鷲塚針原に留まっている。低床車と高床車の混在は,かつての広電宮島線を想起させる。(2017.5)


脱線事故の影響で,本来は日中走らないはずの2系統が,蛍茶屋→赤迫方向に頻発される状況は,公会堂前の曲線緩和工事が2017年末(予定)に完成するまで続く。新幹線工事に伴い駅が西へ移動するため,軌道をトランジットモールで駅に引込み,結節改善を図る計画もあったが頓挫。最低限,鹿児島中央駅のようなサイドリザベーション化が望まれるが,駅前自体が分岐交差点であるため,交通処理面で難色を示されている。ペデ直結は完成時には先進的だったが,今となってはバリアフリーには程遠く,抜本的改善が必要とされる。電車は長崎電軌最新鋭の5001号で,アルナ製の3車体2台車低床連接車。(2016.10)