NHK国際放送が伝えた市電廃止問題


かつて在外邦人のライフラインであったKDDI八俣送信所(JOB/JOD/JSR)のアンテナ群と局舎(茨城県古河市=旧猿島郡三和町)。NHK-World「ラジオ日本」の縮小により送信所も規模縮小になったが,1980年代半ばの大拡張以前は,2×20kW, 2×50kW, 8×100kW(うち東京五輪に際して増備された2×100kWは出力合成が可能)だった。現在の日本語放送は殆どラジオ第1の垂れ流しだが,かつては独自編成で,78年7月放送の「日本このごろ」では京都市電の廃止問題が扱われた。「妙な点」も多々あるが,広原盛明氏のインタビューが相当の比率を占めるなど,全体としてバランスへの配慮が感じられる。 ■このクリップは「北米西部・中南米・ハワイ向送信」17825kHz(八俣200kW)を,北米東部で傍受した場合の受信状況サンプルとして提示するものである。

(「ラジオ日本ニュース」1978年7月号より;カット写真は金閣寺前の22乙系統1863号)

「妙な点」としては以下のものが挙げられる:
0) そもそも放送日(南米向78.7.14)が山鉾巡行より前である(中南米・北米西部・ハワイ向は78.7.19)。
1) 山鉾巡行時(7/17)の運休は4時間程度で,1日運休とはならない。また山鉾巡行を「山車行列」とは絶対に呼ばない。
2) 河原町線については,安全地帯の取り壊しは必要だが,四条線や烏丸線と違って架線を外す必要はない。
3) 1978年の「5年前から路線廃止が始まった」という表現は正しくない。8年前というべきだろう。なお「財政再建計画」以前の営業距離は軌道だけなら68キロ,トロバス込で73キロ,北野線があって高畝町が終点だった時代に75キロだったので,70キロという表現は正確でない。
4) 1978年時点に車掌が乗務していたはずはない。(荒川線もこの年の4月に全面ワンマン化された。)
報道には正確さが求められるが,当時はこのレベルの取材で許されたという例である。


1978年当時の日本語放送番組表。他に一般向放送がある。「日本このごろ」を含む一部のfeature番組は,約1ヶ月遅れでHCJB-Quitoから南米向に再放送された。なお「ディスクジョッキー」は「東京アンテナ」,「演芸」は「真打ち競演」。

「ラジオ日本」30周年記念ベリカード,南米向1966年
戦後初の海外中継となったSines (Radio Trans Europe)からの試験放送のベリカード,一般向1978年(1/5/2011)