Cover Photos Archive
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【東北地方太平洋沖地震一周年】鉄骨だけが残った南三陸町役場防災庁舎。後方の4階建は公立志津川病院。(2011.5)

火の国まつり」花電車53号(二本木口, 2010.7~♪サンバおてもやん)


昨年の今頃はバンコクで新交通機関が相次いで開業した。実はこの時期を狙った訳ではなく,UDD(赤服)とPAD(黄服)の抗争が収まるまで,延期を余儀なくされた訳だが,1年前に数日だけ掲載したDACOニュースのページを再掲する(画像クリック)。タイは左側通行だが,島式ホームのため左右両側にドアがあり,ホームに横付けするため停留場付近ではガイドウェイを利用する。世の中低床車全盛だが,荒川線同様,ホーム側を嵩上げする方が,車内のデッドスペースが減り着席定員が増加するので,利用者から見て望ましい。なお記事中「全線10バーツ」とあるが,現在は12~20バーツの対距離制運賃になっている。


2011.3.11--さようなら787系「リレーつばめ」(12M 熊本駅 2010.7)

かつて在外邦人のライフラインであったKDDI八俣送信所(JOB)のアンテナ群と局舎(茨城県古河市=旧猿島郡三和町)。NHK-World「ラジオ日本」の縮小により送信所も規模縮小になるが,1980年台半ばの大拡張以前は,2×20kW, 2×50kW, 8×100kW(100kW送信機のうち,東京五輪に際して追加された2機は出力合成が可能)だった。現在の日本語放送は殆どラジオ第1の垂れ流しだが,かつては独自編成で,78年7月放送の「日本このごろ」では,京都市電の廃止問題が扱われた。2人乗務とか妙な所も散見されるが,広原盛明氏のインタビューが相当の比率を占めるなど,全体としてバランスへの配慮が感じられる。(このクリップは「北米西部・中南米・ハワイ向送信」17825kHzを北米東部で傍受した場合の,70年代後半における受信状況を例示するものである。掲載期間:12/12~17)


夕刻の天安門前・長安街を行く連接バス。建国61周年を迎えて,もう少し大人の振舞いがあって然るべきだが,日清・日露に勝って大国意識を持ち始めた頃の日本もこんな風だったかも知れぬ。「世界人民大団結万歳」のスローガンが空虚に見える。(2008.10)


National Mall and the Capitol, Washingon, DC, Sept. 1980.
(Click HERE for photos of the observation car "Georgia 300".)


Täsch駅を通過するHCe4/4 II型EL牽引のMatterhorn-Gotthard鉄道の列車。ラックレール区間やループ線もあるが,メーターゲージのためVispで接続するSBBとは直通できない。(2006.8)
◆7/26になって,ようやく事故の経過説明が掲載されました。◆SwissInfoの記事


Washington Metroは郊外では地上を走るが,都心地下駅の大断面シールドと独特の照明が印象に残る。09年6月23日(現地時間22日)の事故はRed Lineで起きたが,写真はRed Lineと交差するGallery Place/Chinatown駅のYellow Line。■Trolley.Net extends its deepest condolences to the families and relatives of those victimized in the recent train collision in WMATA System.


1990年9月の博多総合車両所。既に100系は登場していたが留置車両は全て0系で,ドクターイエローも0系ベースの922形。この年の春開業した博多南駅は,R編成(6両)3本左側の着発1番線を使用する。その更に左には,途切れた高架橋の手前に九州新幹線用地が並行する。