Beirut, Lebanon, March 1999

昨年10月7日のHamasのIsraelへの越境攻撃以来,Gaza地区へのIsraelへの攻撃は報復の域を超えてエスカレートするが,散発的な攻撃に留まっていたLebanon南部のHezbollahに対する攻撃も,9月17日のpagersを使った計画的攻撃以来再燃し,ロケット砲や空爆による報復合戦がエスカレートしている。国連にはESCWA (Economic and Social Commission for Western Asia)と称する地域組織があるが,Israelは参加せず,ECE (Economic Commission for Europe)に加盟する等,周辺国とは協調したくない,という意識が見える。Lebanonは各宗派の対立を抱えており,1991年まで内戦が続いたが,その後も南部にHezbollah支配地域を認めざるを得ない状況が続く。1996年からIsrael国内のテロを理由にIsrael軍が南部に進駐したが,2000年6月に国連のBlue Line設定に伴って撤退した。しかし,その後も国境を挟んで軍事的応酬が続く。Lebanon自体,各宗派の不安定な均衡の上に成り立っており,国民議会選挙の議席に宗派別のQuota制を採用する等,宗派間の妥協が重視されるが,それとて長年固定された配分率(その為に敢えて国勢調査を実施しない)が現在の宗派別人口比率を反映しない等,内部に紛争の火種を抱えている。
東側のEtoile広場を中心とする放射状の街区が,かつて「中東のパリ」とも称えられたベイルート旧市街の中心部。西側のAUB(American University of Beirut)の南側が新市街。2005年に暗殺された元首相の名を採ったRafic Al-Hariri空港(BEY)はずっと南西の地中海沿いにある。
Maarad通側から旧市街復興地区の中心となるEtoile広場に建つ時計塔を望む。右の工事を見てわかるように,外壁だけを残して中身を建て替える計画(Street Wall Plan)。正面の建物の外壁は弾痕だらけ。突当りにUN-ESCWAが見える。
旧市街東側はキリスト教徒地区になるが,Armenian CatholicのSt.Elias and St.Gregory Cathedralは,モスク建築との類似性が見られる。Damascus通沿いは更地化していた。遠くに地中海方向を望む。南北に走る通の西側はイスラム教徒地区になり,街頭スピーカーからコーランが流れる。
内戦で破壊された旧市街に対して,破壊されなかった新市街を東西に走るHamra通。AUBの校舎の屋根越しに見る地中海。QSのArab大学ランキング(2024)では5本の指に入る名門校。
  • Al Jazeera Live
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  • (5/26/2005; Rev.9/22/2024)